喜多見圭佑のプロフィール

喜多見圭佑 誕生〜小学校編

小学4年生のぼく

1998年に埼玉県所沢市で生まれ、育ちました。

身長は学年の中でも小さい方(小6で135cm)でしたが、運動も勉強もそこそこ出来たので、クラスの中でも目立つような子でした。

それでもやっぱり、女子より身長が低いというのは、かなりコンプレックスでした。

小学校では、水泳・サッカー・合気道など、たくさんのスポーツをやってきましたが、中でも野球は、かなり熱中していました。

始めたきっかけは、クラスの仲良かった友達がしてた野球の話について行けるようになりたかったから。

当時は、僕だけサッカーで、他はみんな野球だったので、僕だけ野球の話について行けず、置いてけぼりだったのがすごく悔しかったんです。

安易な理由で始めた野球でしたが、やってみるとすごく楽しくて、土日は1日8時間以上。平日は、放課後チームのみんなで集まって、野球をするほどハマっていました。

小学6年生のぼく

おかげで、小学6年時には、県大会に行けるほどチームは強くなりました。
*チームでは、2番センター

喜多見圭佑 中学校編

中学3年生のぼく
(縦の写真しかありませんでした…。ごめんなさい。)

中学校は、地元の公立中学に進学しました。

部活も小学校に引き続き、野球部。

小学校のチームで仲良かった1つ上の先輩たちと野球ができたのは、すごく楽しかったです。 (1つ上の先輩たちが好きすぎて、引退時にめちゃくちゃ泣きました….。)

3年時には部長になりましたが、僕だけがハリキリすぎて、周りがついて来れず、チーム状況は最悪でした。(猛反省…。 )

「早く引退したい…」と思って、最後の1年間は部活がすごく嫌いでした。

喜多見圭佑 高校編

高校受験は失敗…。底辺からのスタート。

高校1年生のぼく
(今度は顔のどアップですみません….。)

第一志望だった公立校に落ち、滑り止めの私立高校に入学。
滑り止めにも関わらず、ギリギリのラインで合格した僕は、校内で500人中380位。
かなり焦りました…。

高校から新たな挑戦、体操部に入部する

高校の部活は、「できるようになりたいことを部活でやりたい!」という考えだったので、7年間続けてきた野球はスパッと辞めて、バク転をマスターすべく、体操部に入部。

僕の高校は、高校から体操を始める人がほとんどだったので、一緒に「この技ってどうやったらできるかな」と考えながら出来たのは、すごくやってて楽しかったです。

「今までやってきたことを継続するのも良いけど、0から新たに挑戦してみるのも良いな」と思えた瞬間でした。

体操では、筋肉がつきやすい体質だったので、力がある人が有利な「つり輪」が得意でした。 (バク転はできるようになったものの、床の種目は苦手)

体操部あるある。すぐ筋肉見せたがる。

最終的に体操のレベルは、小さい大会でつり輪で4位。個人総合6位。を取れるくらいまで成長しました。

「僕はやればなんでも出来る!」と自信武装をしたまま、受験勉強へ突入。

高校2年の2月、受験勉強スタート。

高校2年の2月、偏差値40。

「指定校推薦で行かないから」と自分や周りに言い訳してきた結果がこれ。 (クラス順位も40人中、おそらくビリだったと思う…。 )

それでも、自信武装をした僕の目標は、慶應大学。

焦りと慶應大学に行きたい!という思いだけで、毎日12時間勉強をした結果、夏頃には偏差値を3科で65まで持っていくことに成功。

しかし、順調に受験勉強を進めていた10月頃、友達からの悪魔のささやきが。

「Youtubeで”乃木坂”って調べてみ、最高にハマるから。」

その言葉通り、受験で精神的にキツかった僕はまんまとハマり、1日10時間ほど乃木坂に現実逃避することになりました。

「オワタ。浪人確定したわ。」

センター試験は全落ちして、滑り止めの大学も落ちて、慶應も英語が解きおわらなかった。いよいよ終わったな、と思いました。

慶應の試験が終わって、家に帰ろうとした時に母親からLINEが。

「明治の商学部から合格通知きたよ」

奇跡でした。たまたま慶應対策で勉強してきた内容が、そのまま明治の試験に出てきて、奇跡的に3科で80%くらい取れてたんです。

学校の先生に合格を報告した時も、かなり驚いていて、
「喜多見、世界史の授業いつも寝てるから、まさか受かると思わなかったわwww」みたいな感じでした。笑

慶應大学に受からなかったものの、第二志望だった明治商学部に満足し、進学することにしました。

喜多見圭佑 大学編

ボルダリングサークルを2回でやめる。

サークルは、体操部の先輩が楽しいと言っていたボルダリングサークルに入りました。

専用シューズを買って、いざやってみる。

すると、2回目で。
「つまらないからもういいや。」

今まで部活を本気でやってきた僕にとって、サークルのゆるい感じがすごく物足りなかったんです。

なので、サークルは2回でやめました。

大学の授業を受けて感じた、圧倒的な「これじゃない感

社会人になってから役立つビジネス知識を学べるのが大学の授業だ!と高校の時は思っていました。

しかし、実際に受けてみると、マイク越しでも聞こえない心理学の授業や出席しなくても単位が取れる授業だったりと、圧倒的なこれじゃない感。

「この程度の授業だったら、受ける意味なくね?」

入学前にあった授業に対するモチベーションもなくなり、大学1年生の1年間で21単位を落としました…。(フル単で年42なので、半分です…)

「このままじゃやばい…。本当にダメ人間になる…。」

そう思った僕は、ダメダメな自分を変えるべく、休学してインターンをすることにしました。

休学して、インターンを始める

自分を変えるべく始めた、メディアを運営しているベンチャー企業でのインターン。

会社の幹部の方達は、自分と歳が1.2個ほどしか変わらないのに能力の高い人ばかり。その中で僕は結果を出すことができず、すぐクビになりました。

今までトントン拍子で来ていたので、初めてこれほど大きな挫折を味わいました。

「明日から来なくて良いよ」って言われるわけですから、かなり精神的に来ました。

しかし、それ以上に得るものも大きかった。

ブログとの出会いです。

ブログを始める

元会社の上司に、
「喜多見、自分でブログを立ち上げてみたら? バイトと違ってブログは資産になるから、稼げるよ。」 と言われ、ブログを始めることに。

その上司は、ブログで50万ほど稼いでいました。

すごい!僕も稼げるようになりたい!

そんな動機で始めたブログも 4ヶ月ほどで、売り上げは2万円ほどになりました。 わずかではありますが、少しずつ売り上げが伸びていくブログに希望を見出せた。 僕にとっては大きな一歩です。

今後の目標

大学の授業に意味を見出せなかったり、インターンで失敗と、これからどうやって生きていけばいいのか、正直わかりません。

このまま復学して、無難に就活するのはちょっと違う気がする。

かと言って、これといったやりたいことも見つからない。

将来100歳まで生きるのに、この先80年どうすればいいんだろう。

現在、大学2年生の20歳。大学卒業するまでの2年間で。ブログを通して「これだ!」と思える生き方を見つけていきたいな。

最後に

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。(^ ^)
喜多見圭佑という人物を少しでも、理解してもらえたら嬉しいです。

自分らしい生き方を見つけ、発信ができるように頑張りますので、応援して頂けると嬉しいです!

よろしくお願いします!